1920年(大正9年)京橋区南鍛冶町にて産声を上げた「桃屋」さん。当初は「らっきょう」「福神漬け」「鯛味噌」など、ご飯のお供を世に送り出していました。関東大震災、東京大空襲で2度も工場を失いながら不屈の精神で今現在に及ぶ商品を私たちに届けてくれています。
イカの塩辛、梅好み、ご飯ですよ!などなど、皆さんも一度はスーパーで手に取ったことがあるのではないでしょうか。ヒット商品も多数に及び、このブログで紹介し尽くすことはできません。ぜひ「桃屋」さんのホームページを訪れてみてください。驚きと感動と感心が心に巻き起こるはずです。

長らく遠ざかっていた桃屋の麺つゆなんですが、ふと、使ってみたくなったんですよね。このつゆばっかりは流石の祖母も使ってくれていました。美味しくて、希釈が簡単だったからです。桃屋の麺つゆ登場以前は各メーカーともに希釈率は様々で、素人がおいそれと手が出せる代物ではありませんでした。だし感も希釈すると薄まり正直、一般的ではなかったそうです。そんな中1978年発売された桃屋の麺つゆは、老舗のそば屋さんの本格的な製法に学び作られました。そして濃縮「2倍」つゆのパイオニア商品となりました。今の自分ならよく知った材料本鰹、宗田鰹、鯖、それぞれの厚削り節からとった一番だしをたっぷりと使用し、旨さと味の広がりで他製品を圧倒したのです。

また、美味しさを守る為に、壜は紫外線に強い黒ボトルを使用しています。これも当初から現在までも変わらないこだわりで「品質も守れるしこのとっくりなら、食卓に出しても恥ずかしくない」からなんだそうです。確かにプラ製のフニャフニャした容器は心許ないし、食卓を安っぽくしますよね。そうさせない桃屋さんの感性と心意気が感じられて大好きです。ちなみにこの黒ボトルは、再生ガラスを90%以上使用した“エコロジーボトル”です。こういうところに老舗の本気を感じます。隙がない。
ところでこの桃屋の麺つゆ、味を実現するために1店で開発者ひとり3枚の蕎麦をとり、2杯分のつゆで3枚の蕎麦を食べ、1杯分のつゆは持ち帰りをお願いしたんだそう。これを毎日続け、なんと2年間にも及びました。開発者の執念と徹底力です。この間、鰹節の選定やだしの取り方も研究を重ね、老舗の蕎麦屋さんと同じ方法を桃屋の工場でも採用し、その量産化に成功したのです。惣菜や佃煮、漬物を手がけてきた人たちが手探りでたどり着いた本気の「麺つゆ」。甘く、深く、香りたつその味わいは数十年ぶりに商品を手にしたiketchにもしっかり届きました。

「王道だな、全く隙がないや」
つゆを口にすると懐かしさと共に込み上げてくる感動と感心がありました。これで拵えた「天ぷらそば」「カレーうどん」です。正直、もりそばでいただくとこの独特の甘さに抵抗があったんですが、かけそば、かけうどんにすると間違いなく「美味しい蕎麦屋(うどん屋)」の味を実現します。つゆまで残らずすすりたくなるほどの香りと美味さに気付かされます。実験をしている過程で作った天ぷらとカレーが間違いなくお店の味に変わります。やっぱ、桃屋の麺つゆは安定です。

100年を乗り越えられる企業には信念とプライドがある、ということを教えてもらいました。かつおが優しく香るおつゆと共に、いただきます。