埼玉県某市での商談を終えた達布岬輿光(たっぷみさきこしみつ/とんでもない名前だな)は、腹を空かせて商店街を流離っていた。最近、魚介を食べてないことに気づいた輿光は、和食でいこうときた道を戻り始めるが、刺身が食べたいという向きでもない。腹はどんどん減ってくるし、今更、肉や麺も食べたくない。困り果てた輿光の目に飛び込んできたのは大衆食堂「ひだまり食堂」。ここなら煮魚、焼き魚に出会えるかも... と暖簾をくぐった。

「いらっしゃあい、空いてるとこにどーぞー」
年配の従業員が輿光に声をかける。昭和風情のくたびれたテーブル席に着くと、店員のおばちゃんが温かいお茶とおしぼりを持ってきた。
「決まったら、声かけてね〜」
なんて言いながら別のお客の商品提供に向かった。さてと... 輿光は店内のお品書きを眺めた。
「かつ煮定食、豚の生姜焼き定食、レバニラ定食... いやいや、今日は魚を食べたいんだ」
どれも食欲をそそるが、輿光はテーブルに置かれたお品書きに目を向けた。
「焼き鯖に、鰯の煮付け、アジフライか... どれも魅力的だな。 ...鯖の味噌煮定食、日替わり小鉢、ご飯お代わり無料!? いいじゃないか、鯖の味噌煮。小鉢も楽しみだ」と心の中でほくそ笑む。
お品書きを戻すと、輿光は店員のおばちゃんを呼んだ。
「あのう、すいません。鯖の味噌煮定食ください」
「はぁい、鯖味噌定ね」
おばちゃんが厨房の方に注文を通していた。注文を終えて、店内を見回すと近所のおっちゃんやら、作業着の男がラーメンやらカツ丼を食らっている。目が合った輿光は軽く会釈をしてお茶を啜った。まぁ、スーツ姿の男がこんなところにいるのをにつかわしくないと思っているのだろう。
「あいよ、鯖の味噌煮定食ね」

目の前にお盆ごと置かれた鯖の味噌煮定食は、小鉢も充実している。
「うわ〜 色々載っているじゃないか! ご飯、漬物、しらすおろし、こいつはほうれん草の白和か。もちろん主役は鯖ちゃん、鯖の味噌煮だ」
満足そうに目を細め、早速味噌汁をすする。
「おぉ〜 しじみの味噌汁か〜 こいつはいい。海のない埼玉に磯の香りを運んできたぞ!」
ズルるとすすって目を閉じると思わず「あぁ〜」という声がこぼれてしまう。
「よし鯖ちゃんいってみよう」
しっかり煮込まれた鯖味噌を頬張りながら、ご飯をかき込む輿光。
「これこれ、これですよ。うまい煮魚をホカホカご飯で追っかける運動会!」
白和えを口に運び、目元を緩ませる輿光。
「ごまの香りと味がしっかり効いているな。甘いけど、これでご飯が進むんだよ」
「たっぷりのしらすおろし、わかってるじゃないか。甘めのおかずの中に醤油を垂らしたしらすおろしがあればご飯と鯖味噌と白和えの追っかけっこをずっと続けていられる!」
変わるがわるおかずとご飯、味噌汁を口に運ぶ輿光。ご飯のおかわりも頼んで、すっかり戦闘モードに入ったようだ。
「この定食はまるで遊園地みたいだ! このきゅうり漬けも自家製かな? うんうんよく浸かってる」
汗だくになって鯖の味噌煮定食を平らげ、お茶を啜る輿光。
「うまい魚に、うまい飯。これが和食なんですよ」
支払いを終え、通りに繰り出した輿光は「ひだまり食堂」に向かって軽く一礼をした。これからも時代はどんどん進んで、いろんなものが新しいものに置き換わっていくんだろう。過去を振り返った時にこの「ひだまり食堂」で食べた「鯖の味噌煮定食」がしじみ汁の香りと共に思い起こされる日が来るかもしれない。
この物語はフィクションであり、登場する人物や設定は全て架空のものです。
追記:
今回はちょっと遊んでみました。高校時代以降で久しぶりに書いた漫画。楽しんで作れました。AI生成、フリーイラストを駆使して作った「流離のグルメ」いかがだったでしょうか? もちろんこれは「孤独のグルメ」のパロディです。なんか自分が井之頭五郎になった気分で、大変満足です。
ところで、今回は輿光が迷言を残した「しじみのお味噌汁」のレシピを載せます。砂抜き操作とか一手間ありますが、しみじみ美味しい一品です。ぜひお試しください。では、また。
しじみの砂抜き操作:
たっぷりの塩水(1リットルあたり3gの塩)をボウルに準備し、ザルを被せます(しじみが吐いた砂をまた飲み込ませないようにするため)。そこにしじみを重ならないようにしずめて、3〜5時間常温で放置します。その後布巾などで水分を拭き取り3時間ほど置くと旨みがアップしますよ!